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医は仁術

昨年末の話になりますが、

「医は仁術」
~ 解体新書からiPS細胞まで~

江戸の医から未来を眺める展覧会

に行きました。








「仁」は、儒教で重視された“他を想う心”である。
古来より“和”を大切にしてきた日本で、「仁」は身分の上下なく、誰もが持つべき思想として人々に受け入れられた。

気配り、気遣い、おもてなしのように、「仁」の心は日本文化の根幹となった。
その「仁」が育んだ日本の医。
それは途切れることなく脈々として今に繋がっている。
(監修者:国立科学博物館 鈴木一義)





最初に…
展覧会とはちょっと違う話ですが、


徳川家康はすっごい健康ヲタクだったとご存知でしょうか?
水泳もしてたらしいです。(⌒▽⌒)


粗食で、冷たい物は口にせず、
夏でも、きちんと火を通したものを食べていたそうです。


織田信長からひと籠の桃が届けられた時も、その時期の桃は貴重な果実だったにも関わらず、”旬じゃない”と言う理由で、すべて家臣に与えてしまったという話があります。(笑)



1602年に製造開始された養命酒も、
1603年には家康に献上されています。

養命酒のパッケージやボトルに描かれている「飛龍」のマークは、家康に養命酒を献上したときに使うことが許された印で、日本初の商標とも言われています。


(今日の豆知識?笑)





昔から~殿様であろうと、庶民であろうと…
人間は病の前では平等です。




健康と長寿を願い、疫病にかからぬよう~
人々が行ってきたことが良くわかる「医は仁術」展でした。




江戸時代前期までの医学と言えば漢方医学。
この漢方医学の聖典と言われてる黄帝内経(こうていだいけい)も展示されていました。(中国最古の医学書)



CMで、聞いた方も多いと思うこのフレーズ、

「女性は7の倍数、男性は8の倍数の年齢の時に、体にさまざまな変化が表れてくる」は、この中で解説されています。


そして江戸時代になって入ってくるのがオランダ医学です。

オランダの医学書「ターヘルアナトミア」を、日本語に翻訳したものが、
解体新書。


この本が出版された事によって、
日本の近代医学が大きく発展してきたんですよね。


黄帝内経の解説本も、何度も読みました。
しかし、本当に難しい!

解説本のそのまた解説本位で丁度良いのですが…

私が職業として大切にしている足裏・足ツボは、
この「黄帝内経」の中でも、はり、灸、按摩と肩を並べた治療と評価されています。


沢山の展示物がありましたが、この二つ(黄帝内経・解体新書)を観れただけで、大満足でした。


墨で書かれた、明らかに罪人だったとわかる人物の解剖図は、絵でありながらも普段見ている骨格、筋肉図、写真よりも、正直言って生々しく、

人間の顔とか体とかをどんどん解剖していく様子を描いた絵巻や、
脱臼時の治療方法の絵、子宮癌の手術方法の絵、当時の医療器具や人体模型等を見続けてると~

女性の日本髪や男性のちょんまげ姿が妙にリアルで、怖くて…
館内に入って来た時に比べると、私の体温も少し下がり、顔も若干青みがかってきてたかも知れません。

それでも、
“医は仁術”と発展してきた日本の医療の歴史に触れられた事は貴重な体験です。


黄帝内経と解体新書。
東洋医学と西洋医学の統合医学がもっと進歩しますように…と、願わずにはいられませんでした。





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